赤城山の
廃線ケーブルカー(2)

休み休み登っていくと、昔のケーブルカーの駅が見えてきた。結局、全行程1時間15分中、階段部分に25分かけて、元・赤城山頂駅(鳥居峠)に到着。

昔のケーブルカーの土台跡が残っていた。

右側に小さな作業用モノレールが見えている。

ここからの風景は絶品!

苦労して登った甲斐があった(ふぅ〜)

途中暑くて、トレーナー、セーター、ジャケット全部脱いでいたのだが、峠では、覚満淵の方から、冷たい北風が吹き下ろしていた。あまりの寒さに速攻、脱いだものを全部着て、「赤城山頂駅(記念館)/ビア・バーベキューホール」に避難した。

あれ?

ここ、6年前にチームのツーリングで来たことがあるぞ。

その時は、ケーブルカーの駅だとは全く気がつかなかった。。。

ここはケーブルカーの駅舎だったコンクリ製の建物を内側に取り込む形でロッジふうの建物に改装してある。改装は6年前(前回、私が来る直前)のことらしい。

内部には「旧赤城山ケーブルカー資料室」がある。

赤城山鋼索鉄道に関して、資料室に書かれていたことを転載。

1957年(昭和32年)7月21に開通。
 当時は前橋からの定期バスが開通したばかりで、他には交通手段がありませんでした。
●水平長1033m
●傾斜長1100.518m
●両端高低差363.42m
●勾配586〜255o/oo
●最大輸送能力960人/h
●客車自重9.5t
●最大乗車人員121名
●運転速度3.25m/sec
●ケーブルカーの運営開始と同時期に、大沼湖畔にロッジを、また、地蔵岳にリフト、ロープウェイを設置しました。
●総工費4億円
●赤城山回遊割引乗車券 330円(2等)【赤城〜中央前橋】
 利平茶屋〜赤城
 
赤城山頂〜利平茶屋
 赤城山大洞〜赤城山頂
 中央前橋〜赤城山大洞
 (
青字がケーブルカー。他はバスではないかと思う)
●東武鉄道がこの事業の主体。
1957年(昭和32年)11月、自動車道路の整備によって乗客が減り、1967年(昭和42年)11月に停止されたのち、廃止になりました。

当時の写真があったが、駅前はバスと人間でごった返していた。私の知人でもこれに乗ったことのある人がいるから、当時はメジャーな観光手段だったのだろう。

同じく観光振興のために作られた赤城道路のために、10年で採算の取れない状態になってしまうとは、皮肉なものである。

資料室には、当時の新聞記事や、駅舎平面図、ケーブルカーのパーツとおぼしき物件が少々。ちょっと物足りなかったが、当時の駅舎のままのむきだしのコンクリートがいい味出していた。
当時の駅舎は2階建てで、屋上まで上がれる階段が見えていたが、階段入り口が閉鎖され、登ることはできなかった。

旧山頂駅でチーズケーキ(350円)を食べ、下山した(所用時間1時間)。

今度は利平茶屋駅の跡を探索してみた。

森林公園の休憩所の建物の裏にホームの跡があった。コンクリの風化した階段を登ると、枕木やボルト、石垣、電柱や切れた電線が残っていた。数百メートル上がって、まだまだ行けそうだったが、だんだんヤブが深くなり、倒木も増えてきたので、適当なところで引き返した。

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