奥多摩の廃線ロープウェイ

奥多摩湖の廃線ロープウェイは、「鉄道廃線跡を歩く」によると、昭和37年(←構内の看板には昭和36年10月と書いてあった)に「川野駅」と対岸の「三頭駅」を結ぶ600mの交走式の普通索道として作られたが、数年で休止になってしまったらしい。駅探しの手がかりとしては、駅の名前は「川野駅」→「川野」というところにある、友人の話では「広場の片隅にあって、川野駅の方は簡単に入れる」、ロープウェイの鉄塔が残っている、くらいのもの。漠然としていてよくわからないので、「川野」で2軒の売店の人に聞き込みしたら、あっさり教えてくれた。

【川野駅】

「麦山橋を過ぎ、川野トンネルを越えたらすぐ右折して、トンネルの上に登ると駅の廃虚」だというので、「味のみやま亭」の脇のコンクリの急坂を上がって行ったら、テニスコートのある広場に出た。コートの向こう側に古ぼけたあやしげな建物が。
でも、手前に二重のフェンスがある・・・入って良いのかな? 近づいてみたら、手前のフェンスは施錠されておらず、向こう側のフェンスは、金網が切られて出入り自由状態。建物も開口部の一つは鉄条網が張られているが、隣の面はフリーパス状態。さんざんマニアが出入りして、壊してしまったらしい(笑)ということで、「入っていいのかな?いいのかな?」と言いながら、当然、入った。
建物の中は椅子や机や機材が散乱していたが、人の通る部分はちゃんと確保されていた。「整備された廃虚」と言ってもいいのかな?こういうの?

エントランスに掲示されていたプレートには、

奥多摩湖ロープウェイ
三線交走式普通索道 昭和36年10月
輸送力 往復864人/時 乗車人員36人 支柱2基

ということは、フル可動して、一時間12往復→対岸まで3分ということだな。

すぐにやめてしまったということは、採算が取れなかったのだろうか?奥多摩湖の売店にいた年配のご婦人に訊いたら、「乗る人が少なくて、休止になったと聞いています。自分も動いているのは見たが、乗ったことはない」とのことだった。

階下のロープウェイ乗り場に降りてみたら、ゴンドラがあった!

屋根付きの場所にあるせいか、保存状態は悪くない。

駅名プレートもそのまま残っていた。

手書き文字が時代を感じさせる。

機械室

薄暗い。

そのさらに奥に受電室があったが、こちらは真っ暗。

恐くて入れないので、入り口でストロボを焚いたら、こんな機械が写った。

「2基の鉄塔」というのが気になったので、国道をはさんで反対側、「東京都P 無料」(←これも、当時のロープウェイ関連施設か?ここに車を置いて乗って下さいとか?でも、当時は車の普及率高くなかった筈だから、ここがバスターミナル??当時は本当はどうだったんだろう?)の脇の道を湖畔に向かって登っていったら、赤錆びた鉄塔がケーブルのついた状態で残っていた。

【三頭山駅】

じゃあ、対岸の方はどうなっているんだろう?ということで、橋を通って、奥多摩周遊道路に入ったら、料金所跡のすぐ先の川野PAにつたのからまった鉄塔が残っていた。このPAは何度も使っていたが、こんなものがあるとは、気がつかなかった。鉄塔を囲んでいるフェンスに何の表示も無いし。

ケーブルの先を追っていくと、石垣の上に駅舎のあるのが見えた。これが三頭山駅らしい。

石垣に朽ち果てた階段を発見し、ヤブコギしながら恐い思いをして登ったら、途中で階段が無くなっており、そこから先は急斜面四つん這いルートになっていた。人が足をかけた跡は残っていたが、今日はオフブーツだし、しくじってころげ落ちたら、ここ、5mの石垣から転落ルートだぁ〜。恐いので、駅を目前にして引き返した。

こちらにも、ゴンドラ「みとう」号が残っているらしい。