若旅民具茶屋(4)

出征祝いの幟。

九段の「昭和館」あたりで、ケースに入れられて上品に飾られているのと、雰囲気違いますな。

私はこういう方が好きだけど。

平成10年5月の忘れ物のフィルムを現像したもの。

お客さんの落とし物も展示物になっちゃうってこと。

しかし、まだ、落とし主現れないんですか〜?

このHP見て、こころあたりのある方は、若旅さんに連絡して下さい!

足踏みオルガン。

「自由にひいてください」と書かれていたので、ひいてみたら、ちゃんと音が出た。

ちなみに、この他の展示物一覧。

お札、コイン、切手、手提げ鐘、大砲の弾丸、ひょうたん工芸品、昔の秤、とっくり、食器、手鏡、古時計、唐傘、昔の嫁入り道具(枕)、瀬戸物の湯たんぽ、鉄瓶、武者人形、10万円の秤、サギ印重リン酸石灰の瓶、ガラス製蝿取り器、昔の銭箱、大きな宝貝、消防団の半纏、薬研、戦時中のものと思われる学生用の肩掛けカバン、戦争の写真、「下着の話 腰巻き異聞」の貼り紙、江戸時代の蔵の鍵、古着、木彫りの獅子、古いウチワ、ブリキの玩具、戦時国債、明治11年の卒業修書、火のし、自在鈎、日本一の六十匁の大秤、竹の水筒(兵隊使用)、タヌキの剥製、日本画、茶釜、熊の皮、戦時服、簑笠、太鼓、蜂の巣、らでん細工、厚さ30センチの「国際画報」誌ファイル、べっ甲の櫛、かんじき、125ccバイクのナンバープレート、人形歌舞伎用の人形、スキー板、大のこぎり、竜吐水、欄間細工、秘宝館によくあるチンコ寝釈迦の絵、土人形、古い扇風機、農具各種、ホーロー看板、東郷平八郎の書「聖寿無窮」、雛人形、さるのこしかけ、初期の電卓、タバコ会社の名前入りごみ箱、鎧、5+2玉のそろばん・・・・

ジャンルを問わず、手当たりしだい買い集めたってことだろう。

大量の物件の山から発せられるオーラがすごかった!!

「すごいですね〜」と言いながら出てくると、館長さん「40年かけて集めたもの、3万点だから」と言いながら、コーヒーを出してくれた。私が「こういうの、大好きなんです!メモ取ったり、写真取ったりして、ぜひぜひホームページに掲載したいのですが・・・」と言うと、若旅氏、喜んで、民芸茶屋と若旅資料館の宣伝チラシと、人生訓のコピー8枚と、お多福しゃもじを下さった。「このしゃもじは縁起物だから、家に飾っておきなさい」と若旅氏。

若旅氏、壁に飾られた特急とき号の写真を指して「僕は昔、国鉄でこれを運転してました」。

ええっ!

鉄道マニアじゃなくて、国鉄で働いてらしたんですか〜??
いろいろきいてみると、彼が国鉄で働いていたのは、昭和19年〜58年。最初はSLの釜炊きから始まって、SL、ディーゼル車の機関士、石打駅(?)の助役までいろいろ経験されたらしい。SLの釜炊きは難しい等、いろいろお話を伺いました。脱帽です〜。

勤務中からコレクションをして、最初は別の所にあった民芸館を、昭和57年に今の場所に移転したそう。国鉄記念館の方は、宝川温泉の社長のアドバイスで、昨夏始めたそうだが、観光ガイドブック等に載せていないので、まだ、こちらは知らない人が多い、とのこと。

大穴スキー場前にある国鉄記念館は、すぐ近くのロッジ若旅(自宅)にいるおばさんが管理しているとのことで、おじさんに「今から客が一人行くから」と連絡していただいた。

ロッジの前の駐車場にバイクを入れると、おばさんが出てきた。「家のミシンが壊れちゃって、業者さんが来るから、家にいなくちゃならない」と言い、記念館の鍵をあけてすぐに、おばさんは出ていった。

ここ、別名「若旅資料館」「北原会館」ともいう。

1時間ほど見物したが、夏場の平日ということで、客は終始、私一人だけだった。

この建物、元ペンションだったものを利用しているそうで、中が小部屋に分かれていた。

洗面所とトイレはそのまま使える状態になっていたが、

←二つある風呂場は展示室になっていた。

洗面所前の天狗、般若しゃもじ、たくさん。
ロビーの棚の上にあった、ひょっとこ軍団。

こちらの建物は、似たような、あるいは全く同じ品物を一箇所にまとめて大量展示している所が笑えた。倒産した会社の品物を大量に買いたたいたような感じだ。

同じコレクターでも、成田山のこども資料館(閉館)の館長さんみたいに「同じものは一個あれば充分。他は全部売り物にしちゃいます」なんて人もいるが、若旅氏は、違う系列のコレクターのようだ(笑笑笑)

→続きはここをクリック

→「若旅民具茶屋(3)」に戻る