阪神パーク
(甲子園阪神パーク住宅遊園)
(5)

レオポンコーナー。

モノレールの駅の正面に、昔の展望台があり、その2階がレオポンコーナーになっていた。
昔は、「阪神パークといえばレオポン」というのが常識だったが、現在はレオポンって何?という人の方が多いんじゃないだろうか・・・。

レオポンは、ライオン(雌)とヒョウ(雄)の混血動物である。

説明によると、阪神パークでは、昭和29年(1954年)に、レオポン作りが計画されたそうだ。「一代雑種はわかりやすい「遺伝教材」であり、自然界では生まれることのない動物を動物園で作り出して遺伝学の一面を見せる画期的なものであると考え」たのがきっかけらしい。

「動物園は見せ物小屋ではない。種の保存のために活動すべきだ」という考えが主流の現在、好奇心から混血動物を作るのは、とんでもないことだ、とされているが、当時は各地の動物園で、珍獣作りが盛んだったので、問題はなかったようだ。それどころか、ワシントン国立動物園の園長がわざわざ視察に来たらしい。ヒョウとライオンのあいのこを作ったのが、阪神パークだけだったから、世界的に有名になったにちがいない。

1959年11月2日 ヒョウの甲子雄(かねお)、ライオンの園子の間にレオ吉、ポン子が生まれる。
1960年8月26日 日本動物園水族館協会からレオポンに繁殖賞が贈られる。
1960年10月25日 ワシントン国立動物園長セオドール・H・リード博士がレオポンを視察。
1961年6月29日 ジョニー、チェリー、ディジー誕生。
1967年 トラと、ディジーの間でタイポン作りが試みられるが、死産。
1970年10月18日 ディジーが婦人病で死亡。
1974年1月16日 ポン子が肝硬変で死亡。
1977年4月10日 レオ吉、老衰で死亡。
1977年9月9日 チェリーが腸のガンで死亡。
1985年7月19日 最後のレオポン・ジョニーが死亡。

ちなみに、レオポンは、体長、体高はライオンとヒョウの真ん中、体重はライオンと同じくらい(すなわちデブ)、筋肉の付き方はライオンともヒョウとも違う、性格は雄はライオンに近く、雌はヒョウに近かった、とのこと。

私の行った当時(1971〜72年)、レオポンは4頭いた筈だが、そのうち、一番たてがみが立派だったレオ吉については、記憶がある。体の模様はヒョウなのに、貧弱なたてがみの生えている変な動物だなぁ・・・という印象だった。当時はそんなに珍しいものだとは思わなかったけど、今にして思えば、「世界でここだけ」だったんだなぁ。
写真パネル、剥製、骨格標本、当時の新聞記事等が展示されていた。

レオポンの資料館は世界でもここだけの筈だが、閉園後、どこにこの資料いっちゃうんだろうか?気がかりである。

●阪神パーク甲子園住宅遊園(2003年3月で閉園)
公式サイト

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